● バイツプ島の社会構造 2

 

ー 島の自治は強し。ー

(+島役場「カウプレ」)


島役場「カウプレ」のすぐ裏。バイツプ島の中心をまあるく占める、青いラグーンが広がっている。
カウプレのお雇い漁師であるタウキエが、網漁の魚を揚げている。


島役場「カウプレ」前の告知版。お役所っぽい。


 2006年5月の小学校のパンダナス葉屋根の葺き替え。島民がカウプレから時給をもらってやっていた。


ラグーンでの、カウプレの網漁。二人乗りのカヌーで、網をゆっくりおろしているところ。しばらくしたら揚げる。


かかった魚は、ノートに書かれた予約購買人の数に公平に分けていく。ラグーンの魚はおいしいので、みんな喜んで買いにくる。



カウプレ所有のトラクター。



カウプレの隣りにある宿泊所。政府の仕事などで来る別の島の人が泊まったりする。



「カウプレ法」(1997年決議)解説書。
島の案件の決定権は「ファレ・カウプレ」に委ねること、などが詳しく説明してある。分厚い…。



カウプレは島民へのゴミ処理指導もしているんだが…」と、ゴミ放棄地帯へ案内してくれた2005年度カウプレ秘書(secretary)ヨアネ氏。処理、といっても実際は各自野焼き。


● 島役場 「カウプレ」 ●

 さて、前ページで説明した島集会は、島の中心に建つ一番大きな集会所、マネアパ・アニプレで開かれると述べた。
 そのアニプレのずずっと東奥、そして南側のアサウ村へ3分ほど歩くと、青く美しいラグーンにくっついて、島役場がある。島役場は「カウプレ」という。

 「カウプレ」といっても、前ページの、長老をトップとした島全体の自治ヒエラルキー構造、「ファレ・カウプレ」とは別モンである。「ファレ」がつくかつかないかで、別団体なのだから、ちょっとややこしい。

 カウプレには、まず6人の役員、「カウプレメンバー」がいる。彼らはカウプレの会議に出たり顧問的な役割だったりアリキ達との折衝に回ったりするときの非常勤。重役型の存在だ。

 それ以外に、秘書、会計係など計7人の事務員がいて、彼らは公務員として毎日出勤。毎日朝8時から夕方4時まではたらいている。(…のが建前。しょっちゅう、どっか行ったり家で寝てたりするけど。)

 長老を中心とする島の自治組織「ファレ・カウプレ」で「こういう方針でいこう」と決まった事柄が、実際に島全体として具体的な遂行係が必要なことなら、島役場カウプレの役員と公務員たちがそれをつかさどる。 

 たとえば島にひとつである小学校のパンダナス葉屋根のふきかえは、カウプレが、時間の空いている島民を時給で雇って進めていくことにしようー、というように。

 または、カウプレ役員達(「カウプレメンバー」)が予算案を出す。予算案は、ファレ・カウプレに提出される。そこで、アリキやオールド・マン達の信任を受けて、はじめて、施行される。

 
 カウプレには、他にも重要な役割がある。

 カウプレは、じつは首都のツバル中央政府が各島に設置しているものだ。

 だから、ツバル中央政府と、各島とのパイプラインでもあるのだ。

 たとえばツバル中央政府が、4月に首都フナフチで全国島対抗子供スポーツ大会を開く。各島から選手となる何十人かの子供達と保護者を招いての、大きな祭りである。
 予算を、国庫のみでなく、各島からの物資の協力で組みたい。バイツプ島については、食糧が豊かなので、プラカ芋・タロ芋・ココナツ・豚・鶏の寄付をお願いしたい。

 そういった連絡が、中央政府からカウプレにくる。役長(プレ・オ・カウプレ/pule o kaupule/ president of kaupule) は、島の最高長老ウル・アリキにそれを伝える。

 そこで、ウル・アリキは島集会を招集する。 島集会で、「では、プラカを300、豚を20頭、鶏を40羽、etc.…を首都フナフチの中央政府に送ろう。」と決定する。

 するとカウプレは、島での決定を、中央政府に伝達する。 
 −そんな、橋渡しの役目だ。

 カウプレにはラグーンで網漁をする3人の漁師もいる。毎日カウプレで揚げられる魚は、ノートに名前を書いておく予約制で、1キロ1.4オーストラリアドル(140円)ごとの公平な分配購入で大人気。

 なにせラグーン側での網漁は、カウプレでしかしてはいけない条例なので、刺身にうまいカナセやパネアヴァは、カウプレでしか手に入らない。 
(カナセとパネアヴァ写真→バイツプ島実況写真集1「海とココナツと人と」 )

 それからカウプレ舎にはカフェもあって、いつもいろんな人がラグーンをながめながらくっちゃべっている。

 コピーをとりたいときなんかも、カウプレにきてコピー代を払ってやってもらう。

 機械工もいて、島民の工具や自転車、バイクも、修理費を払えば修理してくれる。トラックや農機具の貸し出しなんかもしてる。

 島はずれには、カウプレ所有の別荘小屋があって、みんな1日10ドル(1000円)の使用料を支払って「ピキニキ」(ピクニック)に使っている。

 そんなこんなで、けっこうがんばって財源を得ているバイツプ島のカウプレである。

 しかしもちろん国が設置しているものであるから、国庫からの助成金も大きい。

 実際、カウプレの7人の事務員のうち、秘書、会計、開発プランナー、コミュニティー・ワーカー、エグゼクティブ・オフィサーという4人の地位の給料は国庫から出ている。

 つまり島役場とはいっても彼らは国家公務員、ということになる。


● ファレ・カウプレとカウプレの歴史 ●

 1978年にツバルがイギリスから独立したのち、ツバル政府が各島を統治するために設置したのが、カウプレの前身、「フォノプレ」だ。(fonopule/フォノ=集会・会議、プレ=トップ、頂上)

 ところが各島にはもともと、前ページの、長老アリキを配する自治システム「ファレ・カウプレ」がでーん、とあるのだ。

 そこで中央政府設置のフォノプレと伝統自治ヒエラルキーであるファレ・カウプレは、立場を主張しあって、いがみ合うことが多くなった。

 そこで、中央政府は、抜本的な見直しを検討。

 そして1997年に国会にて「カウプレ法」を決議。

 以後、島の重要事項の決定権は、伝統的なファレ・カウプレに完全に戻した。

 島役場フォノプレは「カウプレ」と名前をかえて、実際のプランの施行役と、中央政府との連絡係に徹することになった。


● 「ツバル人」というより「バイツプ島人」 ●

 「ツバル」は小さい島9島の合体国家だ。

 けれどもツバルの人はみんな、たとえ首都フナフチに長く暮らしていても、「わたしはバイツプ島民だ。」「わたしはナヌマンガ島民だ。」と、出身島を自分のアイデンティティとしてとても大切にし、誇りにしている。
 首都フナフチでは、出身島によって所属する「コミュニティ」が違う。(バイツプ島コミュニティ、とかナヌマンガ島コミュニティ、とかがある。)

 首都でやる祭りも出身島それぞれのコミュニティで、出身島伝統の祭りというものがある。

 首都にある集会所も各島コミュニティによって別々で、祭りのときには、そこで各島それぞれ異なるファテレ(ツバル伝統の踊り)をする。

 15人の国会議員も、バイツプ島代表2人、ヌクラエラエ島代表1人、というように島ごとの比例代表制で、各自の出身島代表を選ぶ島別投票システムだ。

 島のことはすべて各島の中で決めてきた長い歴史。

 ツバル中央政府は、各島のことには、口出しできないのだ。
各島それぞれ別々に歩んできた歴史が、そこには、堂々と脈打っている。
 

★ インタビュー ・2005年 カウプレ副役長(tokolua o pule o kaupule / VicePresident) パネタ氏 
           
・2005年 カウプレ秘書(Secretary) ヨアネ氏



  ○ ファレ・カウプレとカウプレの関係 ○ 


執筆 2007年4月24日



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