● ナヌマンガ島の日の出 バイツプ島の夕暮れ ナヌマンガ島 4

― 輝くござ ―



アセナティとわたしで編んだござ。
模様の名前は、手前の三角が「ムリファゴゴ(椰子の殻のお尻)」、次のギザギザ三色が「ピコピコ(ギザギザ曲がっている、という擬態語から)」、奥の赤と白のひし型は「フム(ひし型の魚の名前)」。
(2011年4月22日)


 ナヌマンガ島の模様編みござの、伝統の四色。
ノニの根で染めた赤い葉。
海水につけ込んだ白い葉。
白くなった葉をサンゴ石灰につけ込んだ黄色い葉。
マングローブの実で四日間炊き込んだ黒い葉。
 それら四色の模様葉がやっと、用意できた。

 それらの染めの作業をしながら、わたしは毎日、地となるキエの葉を杵でついてなめす作業(「トゥキトゥキ」)をした。
そうした作業を三週間続けた後―。ようやく、実際にござを編み始めた。
船が来るまでもう間がないので、当初の予定の大きいござはやめて、赤ん坊を寝かせるサイズのござ(ナヌマンガ島語で「カパルア」という)を二枚、編むことにした。

  編みはじめから手とり足とり、じっくり教えてもらおうと思いきや…。
アセナティは「見ときな!」と言いはなち、目にもとまらぬ速さで編みはじめた。
「ちょ…ちょっと待ってよ。やりかた、学びたいんだから。」
「そんなこと言ってたら、あんたたちが乗る船が来ちゃうだろう。見ときなって!」
  一ヶ月にいちどだけ離島に来る船の予定はたたない。そろそろ来るだろうという知らせがあって三日後に沖に船が見えてみんなが騒ぐこともあれば、一週間たってもまだ来ないこともある。アセナティは、わたしたちが日本に帰るまでに、わたしに持たせるござ二枚を完成させようとしていた。

  ナヌマンガ島のござの伝統模様は数限りなくある。(★1)
今回のござの模様は、「ムリファゴゴ(椰子の殻のお尻)」という三角模様、「ピコピコ(ギザギザ曲がっていること)」という波線模様、「フム(ひし型のひらべったい魚の名前)」というひし形模様―、その3種類を組み合わせた。

  手とり足とりは教えてくれないもんだから、ピッタリと横にはりついてアセナティの手の動きを睨みつづけた。アセナティが少しでも休憩したりトイレに立ったり料理をしに行ったら、すぐにやってみた。間違えてはほどきなおした。ずいぶんと長い時間アセナティの手元を睨み、何度もなんども間違えてはほどいているうちに、「ピコピコ」と「フム」は、ゆっくりだけど編めるようになってきた。

  少しでも編めると、これが楽しい。自分の手元から鮮やかな模様があらわれてくる。それは本当に美しい色で、きれいな模様だ。踊りたくなるほど嬉しい気持ちが全身から湧いてくる。
  飾り葉を指でつまんで三角に折ったり、地になる葉を一枚だけ折ってその上からまた飾り葉を折り返したり。複雑な細かい指の動きから、いろんな楽しい模様が生まれるのだ。こんなに素晴らしい工芸が、太平洋のどまん中の、小さなちいさな島で代々工夫されてきたとは、驚くばかりだ。

  通りをいく女たちがこちらをのぞきこんで言う。
「ハ〜ナ!ナツ、すごいね。模様編みができるんじゃないか。」
「ハ〜ナ」とは、「うわ〜」とか「へぇ〜」という意味の、ナヌマンガ島独特の感嘆詞だ。

  30代くらいより若い女たちが通ると必ずこう言う。
「ハ〜ナ!すごいね。わたしだって、模様編みなんかできないのに。」
 そうなのだ。50代以上の女たちはみんな編める。かれらは若いときから編めていた。ところが今の若い女たちは、もう模様編みござを編まなくなってきているのだ。

  アセナティは、目の前に広がるこの美しい編みかけのござを見つめながら言った。
「そうだよ。もう、美しいものはなくなってきているんだよ。」

「あたしが若い頃はね。
たとえばあたしが上の子どもたちを生んだときは、姉妹が、いとこ姉妹たちが、おばが、親戚の女じゅうが、カパルア(赤ん坊を寝かせるための小さめの模様ござ)を編んで届けてくれたよ。きれいなござがあちこちから集まったもんだ。ところが今はどうだい。赤ん坊が生まれたら、みんな店で紙おむつやら哺乳瓶やら、服を買ってきて贈るだろう。カパルアを編むなんて、年寄りしかしなくなった。あたしたちの世代が死んだら、もう誰も模様ゴザの編み方なんて知らないだろうね。」

  消えゆく工芸―。
わたしがこの島に通い始めた六年前からの島の変化をみても、それはまざまざと感じる。
その消えようとしている工芸に魅せられて、学ぼうとしているわたし。この島に伝わる模様編みござを学ぶ外国人なんて、世界中でわたし、たったひとりしかいない。ツバル国外には、その存在さえ知られていないこの模様編みござだ。
  世界に知られないままに、いま、消えゆこうとしているのだ。

 それでも、まるでその消えていく足と競争するかのように、必死で、わたしはいま、学ぼうとしている。ひとりではその足を止めることはできないのに―。一緒にノニの木を引っこ抜いたり、根っこをガリガリ削ったりしてくれる人がみんな死んでしまったら、誰もやり方を知らない島で、外国人ひとりでやることは難しいだろう。

 でも、ただ今は、模様編みを学ぶ。無数にある伝統模様は、どれもこれも複雑だ。これは、長い長い道のりだ。
このござの芸術が消えさった先のことを思うと、ときどき編みながら胸がしめつけられる。涙があふれてくる。
けれど手は休めない。間違えてはほどき、間違えてはほどきして、ただ編み続ける。ただ、今日、ここにあるござを編む。

バサッ、バサッ。バサッ、バサッ。
アセナティが森に豚の世話をしに行って、誰もいない家の中で、自分が編みながらさばくキエの葉の音だけが、周囲の森に広がっていった。


★1 ナヌマンガ島の模様ござ=ナヌマンガ島2008年の日記―ござ完成!おひろめ会― 参照



執筆 2012年6月25日




● 「ピコピコ」の編み方 ●

この模様を編む工程すべてはあまりに複雑で説明が長くなるので、
基本となる編み方だけをご説明します。

1.これがピコピコ。3色いちどに編んでいくので難しい。
ここでは一番上の黒の、左上から右下におりるラインの作り方を図解します。
このラインの作り方がピコピコの基本。
2.縦糸にあたる葉に、黒い飾り葉と赤い飾り葉をこの位置に倒します。
3.横糸にあたる葉の、下の葉だけ倒します。
(葉は常に下の葉と上の葉の2枚重ねで編みます。)
4.黒い飾り葉と赤い飾り葉を折り返します。

5.その上から、横糸にあたる葉の、上の葉を倒します。
6.その上で、さっき折り返した黒い飾り葉を左上に折ります。
7.縦糸にあたる葉の、下の葉だけ倒します。
8.左上に折った黒い飾り葉を右下に折り返します。

9.その上から、縦糸にあたる葉の、上の葉を倒します。
10.次の縦糸にあたる葉を上に折ります。
その次の縦糸にあたる葉を倒すときは、やはり下の葉だけ倒します。
11. 10.で倒した下の葉の上で、黒い飾り葉を左上に折り返します。
12. その折り返した飾り葉の上から、縦糸にあたる葉の、残りの上の葉を倒します。

13.倒した上の葉の上で、黒い飾り葉を右下に折り返します。そして、次の縦糸にあたる葉は普通に上に折ります。(10.と同じ)
14.その次の縦糸にあたる葉を倒すときは、やはり下の葉だけ倒し、黒い飾り葉を左上に折り返します。
(11.と同じ)
15.その折り返した飾り葉の上から、縦糸にあたる葉の、残りの上の葉を倒します。
(12.と同じ)
16.倒した上の葉の上で、黒い飾り葉を右下に折り返します。
(13.と同じ)

17.次の縦糸にあたる葉は普通に上に折りあげます。
その次の縦糸にあたる葉を倒すときには、やはり下の葉だけを倒します。
(10、11と同じ)
18.倒された下の葉の上で、黒い飾り葉を左上に折り返します。
(11.と同じ)
19.左上に折り返した黒い飾り葉の上から、縦糸にあたる葉の、残りの上の葉を倒します。
(12.と同じ)
20.このようにして、編みこみながらも常に表に色が出ているラインを作ります。
これが基本。
さて、次に左下から右上に走るラインを作る工程にうつります。これはまた次のステップ。

★別の模様、「マチマチ」の編み方の図解は ナヌマンガ島2008年の日記―模様編み― をどうぞ。




次ページ: