● ナヌマンガ島の日の出 バイツプ島の夕暮れ ナヌマンガ島 3 |
― ノニの赤 ―
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ノニの根っこで赤く染めたキエの葉 (2005年6月10日) (今回の染め作業は、自ら手を泥だらけにしたり真っ赤にしたりで、 カメラは握れなかったので、過去に撮った写真でご説明します。) |
もうすぐわたしと娘が日本に帰る船に乗らんとする2011年四月。わたしとアセナティのござ編みが始まった。 ―いやいや、じつはまだ編めない。 模様編みのために、キエの葉を色に染めなくてはいけない。 白い色は。葉を海水に一・二ヶ月つけ込むときれいに白くなる。 |
ノニの根っこを引っこ抜くマロソーばあちゃん (2008年10月22日)
ノニは、日本やアメリカでは「ノニジュース」という健康飲料で知られている。ノニジュースは、身体によいノニの実をジュースにしたもので、日本やアメリカの企業が先進国で売り出すために考えたものだ。 六年前にテアギナおば(★1)とノニの根っこ抜きをした。三年前には、死んだマロソーばあちゃんと引っこ抜いた。でもそれらのときには、写真もたくさん撮ったので、わたしはそれほど抜かなかった。手が土まみれになるとカメラを触れないからだ。 二時間も森の中でふたりで「エイヤッ」「セイヤッ」と頑張っただろうか。ウィニもわたしも汗ぐっしょりになった。米袋ふたつぶんの、ノニの根っこがとれた。
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この黄色い部分が、ノニの根っこの内皮。 (2005年6月9日) |
ノニの根っこの内皮をガリガリ削るシエニとわたし |
家に帰ったら、アセナティとわたしとで、この根っこの皮を削る作業だ。根っこを置く椰子の葉の大きな皿を、アセナティがいくつか編んで待っていた。 ガリガリと削るのには、缶詰の缶のとがった部分を使う。木というものは、幹も根っこも、二層の皮がついている。一番外側の皮と、その中にある内皮。ノニの内皮は黄色く、これが染料となる。だからまず、外皮をすべて削って、とりのぞく。そして、今度は内皮をガリガリと削る。この削る作業中、根っこの内皮が乾かないように、常にすべてを大きなプアの葉にくるんで、ひとつひとつ削るものだけを出す。きれいに削れた内皮の、いわば「削り節」も、プアの葉をしっかりかぶせておく。 木の根っこの皮ってのは硬いもんだ。ガリガリガリガリガリガリ。六年前も三年前も削ったが。一生懸命やっても、この道三十年のアセナティの削る速さにはかなわない。汗だくになって削るわたしを見て、アセナティは笑った。 ところが、通りかかったおばさん達はわたしを見てこう声をかけた。 |
大きな窪みを掘り、 サンゴを燃やして作ったサンゴ石灰。 石灰を掘り出して家に持ち帰る女たち (2008年7月19日) |
ノニの根っこの内皮の削り節に、サンゴ石灰を混ぜる。 |
椰子で編んだ大皿にいっぱいの、黄色いノニの内皮の「削り節」ができた。 けれどもじつは、これだけでは赤くはならない。これに、サンゴの焼いた灰であるサンゴ石灰を混ぜる。 サンゴ石灰は五年から十年に一度、村の各部族ごとに地面に大きな窪みを掘り、海岸の白いサンゴ石を大量に集めて燃やして作るのだ。わたしは島と日本とを行ったり来たりの暮らしで、まだその作業にお目にかかったことはない。燃やしたあと、その穴にはいつでもサンゴが変化した真っ白い泥・サンゴ石灰があって、その部族の人はいつでもとりに行ってよい。 あらかじめウィニとわたしとで取ってきてあったサンゴ石灰。その白い泥を、少しずつ、このノニの根の内皮の「削り節」に混ぜてゆく。 さて、ようく混ぜて、黄色い削り節がすべて赤くなったら、大なべでそれを煮立て、キエの葉をなべに入れていく。 その火の横で、アセナティとわたしは、並んで大の字になった。 |
真っ赤になったノニの根っこの内皮の削り節を、湧いた湯に入れる。 (2005年6月9日) |
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ところが。 二時間がたち。なべからあげた赤いキエの葉を見てアセナティは言ったのだ。 「…ダメだね。」 わたし「え…。ダメ?」 たしかに、三年前にマロソーばあと染めたときのような鮮やかな美しさがない。 アセナティ「ノニの赤は、こんな色じゃない。これはくすんでいる。何が悪かったんだろうね。ノニか、ナベの洗い方がまずかったか…。でもときどき、こういうことがあるんだ。明日、やり直ししよう。」 明日、この一連の作業をもう一度はじめから…。わたしはクラッときた。 ところが。次の朝早く。顔を洗いに外に出ると、ウィニが森からバイクで帰ってきた。その背中には米袋がふたつ。ノニの根っこが袋から見えた。新たに抜いてきたノニだ。 わたしは怒った。次の朝にもういちどふたりで行こうって、昨夜あれほど念を押したのに。でも島の人はいつもこうだ。先にやってしまうのだ。 「ナツは疲れてるから。」 わたしが起きたら一緒に行くといってきかないだろうから―、わたしが寝てるまだ暗いうちに、こっそり行ったのだ。そこまでして、わたしを休ませようとした。ウィニとアセナティふたりのたくらみだ。 さて、そうして再び、採りなおしてきたノニの根っこに向かい、アセナティとわたしとでガリガリガリガリガリガリ。 大なべで湯を沸かしてゴンゴンゴンゴン。 昨日と全く同じ作業をして、また汗ボタボタボタボタ。 こんどは、ナベから出てきたキエの葉は、鮮やかな、けれど深みのある美しい赤い色に染まっていた。 「うん、これだよ。これがノニの赤だ。」とアセナティ。 そのときのわたしの爽快感といったら…! こんなに嬉しいことって、そうそうない。 このノニの赤のために、何度もポタポタとたらしたあの汗がなかったら、こんなに全身が震えるほど嬉しくはなかっただろう。 執筆 2012年5月16日 |
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