● ナヌマンガ島2008年の日記 5月9日

 

  ー 屋根材を縫う ー


今日で3日目だ。
アセナティとわたしは、屋根材を縫っている。

4日間かけてなめしたファラの葉を、
(★1)
こんどはひとまとまりの連なりに縫うのだ


そのひとまとまりを「ラウ」という。

椰子の葉材(「ラフォ」)を骨として、ファラの葉をまたがせ、
重ねて、ほそい椰子の葉芯で縫いとめていく。

この「ラウ」をいくつにも重ねて屋根にふくことで
雨漏りのしない家が出来上がるのだ。

アセナティは言った。
「ファラの葉は、ラウを縫うときも、屋根をふくときも、
きちんと密に重ねるんだよ。
スカスカの屋根は4年ともたない。
きちんと縫って、緊密にふいてあると、8年でも長持ちする。」

しかし一日目にわたしが縫ったラウなぞは
はじを持つとバラバラとはずれてきた。

「あ〜あ、4年ともたない屋根のできあがり。」
わたしは自虐的に言い捨てる。
するとアセナティは、
「がっははははっ!」と思いっきり笑った。


★1=4月28日の日記「千代の富士おんなの瞳」


● 屋根材「ラウ」の縫い方 ●

わたしは何度も
手をとめては
アセナティの後ろに回り
その技を
盗もうとした。

ところがその手元の
速いこと速いこと。


プスッと針で
穴をあけ
スッと
葉芯を前に進めるー、
その手はもう次の葉を
取っていた。



それでも2日目には
わたしも使えるラウが
縫えるようになってきた。

アセナティは言う。
「今の島の若いひとはね。
このラウの縫い方、
知らないひとも多いんだ。

トタンの屋根は暑いし
しかもお金がかかる。

ファラの葉でふいた屋根は
涼しい。 
お金は1ドルだっていらない。
材料はぜんぶ、この森から。
いるのは、
自分のからだの力だけ。

お金がなくなったらみんな
どうするんだろうね。
ま、島の外に出て
働くんだろうね。
そして暑いトタンの屋根で
家を建てて。
ご時勢かね。」



アセナティの娘、9歳のフィメマがウトをとってきた。
ウトというのは、皮が甘い種類のココナツだ。

硬い皮を、奥歯を使ってむんずっとむく。
歯でひっぺがしては、
その皮を妹のハイチアにもわけてやる。




歯でかみながら、ちゅうちゅうとその甘い汁を吸うのだ。
アセナティは言う。
「あたしの母は、年とって死ぬまで歯が丈夫だったよ。
よくウトをガシガシと噛んで吸っていたねぇ。」

そんな話を毎日しながら、縫い続けた。



トタンの屋根は
じりじりと暑い。
蒸し殺されるようだ。

ところが
ファラの葉の
屋根の下のは
びっくりするほど涼しい。
心身が洗われる。
さわやかだ。

2004年、ツバルに
初めて住んだ時から
ファラの葉の屋根の
作り方を習得するのは
わたしの目標だった。

だのに。
丸まった葉をなめす
作業では
筋力不足で
私は
2日で脱落した。
(★2)

くやしかった。
なにが何でも、
このラウ縫いは
やり通そうと思った。

★2=4月30 日の日記
    「マロソーばあちゃん」
 


わたしたちは3日間、朝から晩まで、ふたりで縫い続けた。
おしゃべりをしながら、ナヌマンガ島の歌をうたいながら、縫い続けた。

そして377枚のラウができた。

3日目の夜。
ふたりは森をぬけて家に帰った。
それぞれの大切な道具、鉄の針「トゥイラウ」を手に持って。


ガサガサガサとわたしたちの胴体が藪(やぶ)をかきわける音。

暗くなった森で
野鳥をとる男が樹に登っていく。
足元ではゴゾゾゾッと
森蟹が横切った。

あごごごぉっっと伸びる声を天に投げて、野鳥ゴゴが
オレンジ色の空を彼方に横切っていった。

いろんな虫の声や土の匂いが暗闇で踊る。

このゆうべ。
汗べっとりのからだで黒い木々をかきわけながら。
はじめて、少しだけ、
ナヌマンガの森の
一部になれた気がした。



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