この日。 わたしははじめてアセナティと一緒に仕事をした。 なぁんて筋肉むきむきのたくましそうなおばちゃんだ。 千代の富士…! それが第一印象。 「いよお。来たね。」 アセナティは、わたしたち(★1)を迎えてそう言うや、がぁらがらと笑った。 屋根を葺くためのパンダナス葉(「ファラ」)は、そのままではくるんと丸くそっている。 それを地面につきさした木の棒でしごいて、平らになめす仕事。 こりゃあ、どえらく筋力がいる作業だ。 ごわごわの硬くて厚い葉。こんな硬い葉は日本の植物ではお目にかかったことがない。 その葉の両端をびしーっと引っ張ってしごかないと、アイロンがかからない。 しかも葉はするどい棘(とげ)でいっぱいだ。 のりさん(★1)の手元をじっと見て、アセナティは指導を加える。 「葉の根元のほうを短くもって。こうやって。」 「一度だけしっかりしごいたら、裏返してまた一度しごく。それで終わり。足でこうして押さえておく。」 「足の裏は、立てて押さえるんだよ。」 指導をするときは、自分の手をとめて、相手をしっかと見守る。 けれどもそのあと、必ずひやかして笑う。 「パスじゃないかぁ、ノリ。日本にファラの葉を持ってかえって、毎日しごくかい。がははははは。」 そんなところは、死んだアセナティの父親、オシエじいちゃん(★2)にそっくりだ。 そして今度はわたしに向き直る。 「さ、どうだい、ナツは。うまくやれるかい。」 学ぼうとする者を見るこの眼が、なんともあたたかい。 たのもしそうに、まっすぐにこちらを見据える。 こんな頼りのない初心者でも、 しっかりとこの場に力として存在していることを、つたえてくれるのだ。 「このひとの眼は、なんてエネルギーを発してくるんだろう。」 思えばこの時のアセナティの力強い瞳に、わたしはすでに魅了されていた。 こののちの8ヶ月間、 日々アセナティのところに行っては、 島の仕事を学ぶことになる。 ★1=ナヌマンガ島での最初の2ヶ月は、WOWOWドキュメンタリー「夢菜7歳の島」の撮影期間でもありました。 撮影隊のノリさんとゲンさんも、ときどき一緒に島の仕事をしたのです。 ★2=「オシエじいちゃんのカヌー」
さて。 日本人3人が 苦戦しながら ファラの葉に 挑み続ける。 木陰から横目で 眺めていた アセナティの娘ー。 9歳のフィメマだ。 遊ぶのをを止めて わたしたちの作業に 見入りはじめた。 やがて。 「あたしもやってみよ。」 ニヤリと恥らいながら、 小さな手で トゲトゲの葉の束を つかんだ。 アセナティは言った。 「じゃ、そっちの 細くて小さい葉から やんなさい。」