● ナヌマンガ島2008年の日記 4月26日

 

  ー スリタと天の宝石 ー


2歳のスリタは よく夜泣きをする。
本当に悲しそうな声で泣く。

若い母親のルタはよく寝床でひっぱたいていた。
「静かに寝なさい!」ぴしっ!ぱしっ!
当然、いちだんと激しく泣く。

けれども3人の幼い子どもを見ながら
料理をし、鶏やブタの世話をし、染物をし、ござを編んで疲れきったルタを
わたしはどうしても、咎(とが)めることができなかった。

時々、そんなスリタを抱いて
星空の散歩をした。

ツバルの夜空は、満天の真珠。
宝石箱をひっくり返したよう。
すべての星々が、生きているようにきらりきらりと主張していた。
輝きのまぶしさに身体中が震撼する。

ルーブル美術館のどんな名画とて
この宇宙の生きた宝石の大曼荼羅(まんだら)にかないはしない。

毎晩これほどの美が降りそそぐ世界を
曇った空気で隠してまで
北の産業諸国では
いったい何のために生きようとしているのか。


「スリタァ。きれいだねぇ。」

スリタはわたしの背に手を回してきゅっとしがみつき
わたしの肩で鼻をぬぐう。
きらきらと輝く眼で輝く空を見上げる。
わたしは天の輝きに心を奪われ、上を向いたまま、
子守唄をくちずさむ。

そうしていつか、スリタはぴったりとわたしの胸に顔をうずめて
眠りにつく。


8月ごろ、父親トギアの浮気が島中のうわさになり
トギアとルタは別居した。

養子であったスリタは、実の母親である
ルタの妹に返されていった。

そのうちスリタはわたしを忘れていって
島の祭りのときにあっても
初めの頃のように
知らないひとを見る眼をするようになった。





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